ココは元S-Silence管理人の日記とかエッセイモドキとかが徒然とごにょごにょしている空間です
素人っぽい小説と、玄人っぽい小説ってあるじゃないですか。
というのっけから頭悪そうな話だけど。
割と分かりやすい特徴に「連用中止法」と「省略法」の乱用ってのがあると思うん。
「それは悲しく、痛ましい事件だった。」
……っていうふうに、連用中止法を接続に使ってるのは普通。
「あまりにも悲しくて痛ましかった。」
……省略法は文頭の主語を取っ払うのに使っても普通。
「それはあまりにも悲しくて。」
……省略法を文末に使うと急に素人同人っぽくなる。
「それはあまりにも悲しく。」
……省略法を文末で連用中止の形で使うと最強に同人っぽくなる。
文末の省略法は殆どが強調表現だろうし、ヒロインが死んで主人公が自暴自棄、くらいのインパクトのあるシーンで使うのなら適切かと思うけど、多用すると途端にポエミックで素人くさくなる。それでもバシバシ使っちゃう人が多いのは、その文末の持って行き先を考えるのが難しいからかも知れない。
勿体ないことだ。日本語は文末にこそ結論があるんだから、そこが作者の個性の出し所、想像の羽ばたかせられる所にもなるんじゃないかな。
それはあまりにも悲しくて。……何なのか。
それはあまりにも悲しくて、涙が止まらなかった。
↑これと、
それはあまりにも悲しくて、喉が痛むほどに絶叫した。
↑これとではキャラの違いが出せるし、
それはあまりにも悲しくて、雨でぬかるむ道へとくずおれた。
↑これだと背景も描かれて演出をなせる。
それはあまりにも悲しくて指が震え、彼女が事切れるまで握っていたというキーホルダーには触ることも出来なかった。
↑でもこのように、本当は悲しいってのは状況に付随するただの心境の説明であって、
指が震え、彼女が事切れるまで握っていたというキーホルダーには触ることも出来なかった。
↑悲しいって書かなきゃ悲しいって伝わらないよりは、こうして言外で超ショック受けてますって示した方が、なんか玄人っぽく見えない? ない?
まあつまり、文末の省略って、具体的な表現の放棄に使えちゃう罠よねってコトなんよ。
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