ココは元S-Silence管理人の日記とかエッセイモドキとかが徒然とごにょごにょしている空間です
結構もりもりある。これは一種のストリップ画像。
『美しい』と『愛している』を禁止ワードにした上での、つやっつやなラブストーリーとか好きですね。
それはある種、縛りではなく導きですね。
そういえば、グルメリポーターが新米の内は『おいしい』って単語を禁じるっていう訓練法を小耳に挟んだ事があるよ。同じ事なんだね。
それはある種、縛りではなく導きですね。
そういえば、グルメリポーターが新米の内は『おいしい』って単語を禁じるっていう訓練法を小耳に挟んだ事があるよ。同じ事なんだね。
例えば重力魔法のベタンがどれほど絶妙な名前か、日本語を学びはじめた人に解ることが出来るだろうかと思うのだ。
それは少々ユーモラスだが的確なオノマトペでもあり、また言いようによっては硬派なカタカナ語の響きを持てる。
しかしそれは感覚的なものであり、どう使えばクスッと笑って感心できるか、又あるシーンではちゃんと完全シリアスであれるのか、では現実にはどれくらいフォーマルな場では使わない言葉なのか。全てのさじ加減は辞書にない。
ああ他国言語なんて使いこなせる訳がない。
自国言語では態とずらして楽しんだりする、その遊び場がきっとそこにもあるのだろうけど
それは少々ユーモラスだが的確なオノマトペでもあり、また言いようによっては硬派なカタカナ語の響きを持てる。
しかしそれは感覚的なものであり、どう使えばクスッと笑って感心できるか、又あるシーンではちゃんと完全シリアスであれるのか、では現実にはどれくらいフォーマルな場では使わない言葉なのか。全てのさじ加減は辞書にない。
ああ他国言語なんて使いこなせる訳がない。
自国言語では態とずらして楽しんだりする、その遊び場がきっとそこにもあるのだろうけど
<お題>
「420文字まででバッドエンドの話」
※ルール:地の文に『二人は末永く幸せに暮らしました』 台詞に「もう一度キスしたかった」を入れるものとする。
<提出作品>
二人は末永く幸せに暮らしました、それは何もない宇宙空間で一万回も再生した絵本の結末だ。そんな、過去には無用と判断していた屑データばかりが無聊の慰めで、逆に最重要項目に設定されている自分の位置情報こそが今となっては無意味だった。爆発で艦外に放り出された兵器の回収などコストも見合わない。お伽話の姫と彼の共通点は嘗てキスで目覚めた事くらいだ。慣性が体を無音の彼方に押し流し続け、周囲の僅かな光をセンサーが捉え、そうして漂流軌跡がメモリに上書きされていく。絵本がいま消えた。物語より何度も再生した一番古い記録も今に塗り変わるだろう。「おはよう私が君の開発者だよ」鮮明だった笑顔がもうすぐ座標の羅列に置き換わる。その間際に最後の再生、初めて目を開く前に受けた唇の摂氏。スピーカー通電。「もう一度キスしたかった」浪費音声出力。思い出のない自分にはバッテリーも無くていい。タイムの桁が何度振り切れても末永く一人。
-------------------
<以下、作成時思考順路記録>
作戦を練らねば。
先ず、決めなければならない事柄、想定され得る事柄のまとめ。
●一度はキスしたんだよな?
→何故
●末永く暮らした二人と、キスした二人は同一人物か? そして時間軸は?
●お題ノルマの、台詞が先か、地の文が先か?
●バッドな理由(感情)はどのような?
(●ギャグかシリアスか?)
(●それらは人間か?)
以上の事柄をみるに、圧倒的に原動力と成り得るのは一度目のキスである。……と思っていたが、案外着想起点になったのは地の文の方だった。『幸せに暮らしました』部がですます口調なのが自分の作風ではなかった事から、引用文という事にしてまず抜け道を探そうとしたのだ。そうすると、幸せに暮らす事との対比をバッドエンドへ繋げられるとも考えた。
次に『末永く』というワードに途方もない時間という悲劇を連想した。これも良い構成材料に成り得る。
書いていくと、眠り姫だか白雪姫だかはキスと童話調の地の文が連携できるなあ、と最初の方にだらだら着想してたのが思いがけず嵌ったので後から入れ込んでみた。
因みにストーリーの裏話としては、キスの記憶はプロトタイプのデータを引き継いでいるだけで、ホントは本人(?)はキスしてない。
なんかこの課題、やってみると文章力というよりは大ぎりみたいな感じで、構成力とか発想力のトレーニングだった気がする。まあそれも文章力の一種か。
後から三名で作品を持ち寄った所、やはりこのお題のネックはですます口調の地の文だったようで、此処を如何に突破するかが最大の問題というか見せ場だったようだ。
(備忘録:「じゃあ次回2000文字くらいでやりますか?」)
「420文字まででバッドエンドの話」
※ルール:地の文に『二人は末永く幸せに暮らしました』 台詞に「もう一度キスしたかった」を入れるものとする。
<提出作品>
二人は末永く幸せに暮らしました、それは何もない宇宙空間で一万回も再生した絵本の結末だ。そんな、過去には無用と判断していた屑データばかりが無聊の慰めで、逆に最重要項目に設定されている自分の位置情報こそが今となっては無意味だった。爆発で艦外に放り出された兵器の回収などコストも見合わない。お伽話の姫と彼の共通点は嘗てキスで目覚めた事くらいだ。慣性が体を無音の彼方に押し流し続け、周囲の僅かな光をセンサーが捉え、そうして漂流軌跡がメモリに上書きされていく。絵本がいま消えた。物語より何度も再生した一番古い記録も今に塗り変わるだろう。「おはよう私が君の開発者だよ」鮮明だった笑顔がもうすぐ座標の羅列に置き換わる。その間際に最後の再生、初めて目を開く前に受けた唇の摂氏。スピーカー通電。「もう一度キスしたかった」浪費音声出力。思い出のない自分にはバッテリーも無くていい。タイムの桁が何度振り切れても末永く一人。
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<以下、作成時思考順路記録>
作戦を練らねば。
先ず、決めなければならない事柄、想定され得る事柄のまとめ。
●一度はキスしたんだよな?
→何故
●末永く暮らした二人と、キスした二人は同一人物か? そして時間軸は?
●お題ノルマの、台詞が先か、地の文が先か?
●バッドな理由(感情)はどのような?
(●ギャグかシリアスか?)
(●それらは人間か?)
以上の事柄をみるに、圧倒的に原動力と成り得るのは一度目のキスである。……と思っていたが、案外着想起点になったのは地の文の方だった。『幸せに暮らしました』部がですます口調なのが自分の作風ではなかった事から、引用文という事にしてまず抜け道を探そうとしたのだ。そうすると、幸せに暮らす事との対比をバッドエンドへ繋げられるとも考えた。
次に『末永く』というワードに途方もない時間という悲劇を連想した。これも良い構成材料に成り得る。
書いていくと、眠り姫だか白雪姫だかはキスと童話調の地の文が連携できるなあ、と最初の方にだらだら着想してたのが思いがけず嵌ったので後から入れ込んでみた。
因みにストーリーの裏話としては、キスの記憶はプロトタイプのデータを引き継いでいるだけで、ホントは本人(?)はキスしてない。
なんかこの課題、やってみると文章力というよりは大ぎりみたいな感じで、構成力とか発想力のトレーニングだった気がする。まあそれも文章力の一種か。
後から三名で作品を持ち寄った所、やはりこのお題のネックはですます口調の地の文だったようで、此処を如何に突破するかが最大の問題というか見せ場だったようだ。
(備忘録:「じゃあ次回2000文字くらいでやりますか?」)
二人は末永く幸せに暮らしました、それは何もない宇宙空間で一万回も再生した絵本の結末だ。そんな、過去には無用と判断していた屑データばかりが無聊の慰めで、逆に最重要項目に設定されている自分の位置情報こそが今となっては無意味だった。爆発で艦外に放り出された兵器の回収などコストも見合わない。お伽話の姫と彼の共通点は嘗てキスで目覚めた事くらいだ。慣性が体を無音の彼方に押し流し続け、周囲の僅かな光をセンサーが捉え、そうして漂流軌跡がメモリに上書きされていく。絵本がいま消えた。物語より何度も再生した一番古い記録も今に塗り変わるだろう。「おはよう私が君の開発者だよ」鮮明だった笑顔がもうすぐ座標の羅列に置き換わる。その間際に最後の再生、初めて目を開く前に受けた唇の摂氏。スピーカー通電。「もう一度キスしたかった」浪費音声出力。思い出のない自分にはバッテリーも無くていい。タイムの桁が何度振り切れても末永く一人。
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以上。
お題:420文字まででバッドエンドの話。ルール・地の文に『二人は末永く幸せに暮らしました』 台詞に「もう一度キスしたかった」を入れるものとする。
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以上。
お題:420文字まででバッドエンドの話。ルール・地の文に『二人は末永く幸せに暮らしました』 台詞に「もう一度キスしたかった」を入れるものとする。
お題:420文字まででバッドエンドの話。
ルール:地の文に『二人は末永く幸せに暮らしました』 台詞に「もう一度キスしたかった」を入れるものとする。
おk
ルール:地の文に『二人は末永く幸せに暮らしました』 台詞に「もう一度キスしたかった」を入れるものとする。
おk
内容柄あまり人に話したこともないが。創作意欲とやらが一番湧くのは、感激するほどのものに出会った時ではなく、退屈している時でもなく、いい線行ってるのに詰めが甘くて残念なストーリーを見た時だったりする。
その残念さの具体例を挙げるなら、例えば、「両想いになってからラストまで急に普通の話になったな」とか「その世界観ならもっと戦闘シーン入れて○○△したらいいのに」とか「着想はいいのに表現力が全体的にロー」とかである。
要は、もっとこうだったらいいのに、と思った時にそこを補完するシーンなり台詞なり文章が頭に出来てくる訳だ。そして僕は僕が考えた最強の欲求補完作自分用をネットに上げる羽目になっていた訳である。(これは前もどっかでゆったけどデスペナがその最たる物だった。当時は世の中のアサシンがすぐ折れてたから……)
因みに、恐らくの話をするが、自分の満足する物を作っても他人の口に合うかは別だろう。飽くまで自分の脳で味見した食べ物だ。
満足させてくれなかったから自分で書く。これは取り分け同趣味者に対して失礼というかBAD性癖な感じがするので、口にする事はないが、もしかして皆そう思って控えて居るだけで割と一般的な思考なのだろうか。それとももしや、密かにマジョリティだったりするのだろうか。
その残念さの具体例を挙げるなら、例えば、「両想いになってからラストまで急に普通の話になったな」とか「その世界観ならもっと戦闘シーン入れて○○△したらいいのに」とか「着想はいいのに表現力が全体的にロー」とかである。
要は、もっとこうだったらいいのに、と思った時にそこを補完するシーンなり台詞なり文章が頭に出来てくる訳だ。そして僕は僕が考えた最強の欲求補完作自分用をネットに上げる羽目になっていた訳である。(これは前もどっかでゆったけどデスペナがその最たる物だった。当時は世の中のアサシンがすぐ折れてたから……)
因みに、恐らくの話をするが、自分の満足する物を作っても他人の口に合うかは別だろう。飽くまで自分の脳で味見した食べ物だ。
満足させてくれなかったから自分で書く。これは取り分け同趣味者に対して失礼というかBAD性癖な感じがするので、口にする事はないが、もしかして皆そう思って控えて居るだけで割と一般的な思考なのだろうか。それとももしや、密かにマジョリティだったりするのだろうか。
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最近の女性向け漫画の現場シーンは凄く進化してるなと思う。昔は袋の描写無しとかざらだったのに、今じゃあ、かつては男性誌でも劇画調でなきゃここまで描かなかったんじゃないかってくらい毛も筋も細かい。中にはそのキャラを通常時は半剥けだと設定づけて、経過の過程を丁寧に描写している描き手までいる。
しかし私が腑に落ちないのは、そこまでリアルにしていても尚、役割によってのサイズ差異が非現実的なレベルの違いでもって存在している事例が多い事だ。現状ではこの辺りの問題について安心したければ、作中で役割交代が行われる種の話を選ぶと大体は間違いがない。役割と大きさの関係はそんなに切り離し難いものなのだろうか。
しかしながら、サイズ差異の問題もいずれは解消されていくものと私は考える。今は過渡期なのではないだろうか。作中で人種によるサイズ傾向に言及する人も居るし、各キャラの被せ物のサイズチョイスまで設定づけられている作もある。いずれはそういった先人達の研鑽が文化の隅々にまで広がって行く筈である。
最近の女性向け漫画の現場シーンは凄く進化してるなと思う。昔は袋の描写無しとかざらだったのに、今じゃあ、かつては男性誌でも劇画調でなきゃここまで描かなかったんじゃないかってくらい毛も筋も細かい。中にはそのキャラを通常時は半剥けだと設定づけて、経過の過程を丁寧に描写している描き手までいる。
しかし私が腑に落ちないのは、そこまでリアルにしていても尚、役割によってのサイズ差異が非現実的なレベルの違いでもって存在している事例が多い事だ。現状ではこの辺りの問題について安心したければ、作中で役割交代が行われる種の話を選ぶと大体は間違いがない。役割と大きさの関係はそんなに切り離し難いものなのだろうか。
しかしながら、サイズ差異の問題もいずれは解消されていくものと私は考える。今は過渡期なのではないだろうか。作中で人種によるサイズ傾向に言及する人も居るし、各キャラの被せ物のサイズチョイスまで設定づけられている作もある。いずれはそういった先人達の研鑽が文化の隅々にまで広がって行く筈である。
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そもそも、物語の主人公のようなシリアスで劇的な半生なんて送っちゃいない、それに比べりゃ何の不自由も無く育った筈の自分が書く文章が、なんだって悲しい情感があるなどと表されたりするんだかな。
悲しいからだよ、と大手を振って言えたら話は早いんだが、このぬるま湯のような個人情報を見て、ああそれは悲しみのある人生だろう、と言う人は居るまい。
でもやっぱり悲しくなくて悲しい文章が書けるとは思わないので、つまりこれは悲しい道を歩かなくても悲しくなっているというのだろうか。それがもしも実体が無くても過剰に催してしまう悲しみ病というようなものだとしたら、本物の悲しい出来事がやってきた時には針が振り切れておかしく成ってしまうだろうか。
いや、何となくだが、やってきたそれはいつも通りに悲しい事と同列あるような気がする。つまりとても悲しい事だ。
何が言いたかったんだっけ。
そうだった、私には割と頻繁に悲しさがある。残念な事にそれがある種の原動力になってしまっている。
当初それを噴射する手段として何らかの物語を書く行動をとっていたのだが、ブログができ、ツイッターができ、徐々にガス抜きが簡単になってしまった。
少しくらいは圧力を高め直そうと思っている。
そもそも、物語の主人公のようなシリアスで劇的な半生なんて送っちゃいない、それに比べりゃ何の不自由も無く育った筈の自分が書く文章が、なんだって悲しい情感があるなどと表されたりするんだかな。
悲しいからだよ、と大手を振って言えたら話は早いんだが、このぬるま湯のような個人情報を見て、ああそれは悲しみのある人生だろう、と言う人は居るまい。
でもやっぱり悲しくなくて悲しい文章が書けるとは思わないので、つまりこれは悲しい道を歩かなくても悲しくなっているというのだろうか。それがもしも実体が無くても過剰に催してしまう悲しみ病というようなものだとしたら、本物の悲しい出来事がやってきた時には針が振り切れておかしく成ってしまうだろうか。
いや、何となくだが、やってきたそれはいつも通りに悲しい事と同列あるような気がする。つまりとても悲しい事だ。
何が言いたかったんだっけ。
そうだった、私には割と頻繁に悲しさがある。残念な事にそれがある種の原動力になってしまっている。
当初それを噴射する手段として何らかの物語を書く行動をとっていたのだが、ブログができ、ツイッターができ、徐々にガス抜きが簡単になってしまった。
少しくらいは圧力を高め直そうと思っている。
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今って2014年だよね。
思えば二次創作世界から引退するって決めたのは2008年だったんだよね。
特攻Aに出よう、と。そう決心したのは引退を見据えての事だったんだよね。
そこでデスペナの続編を出して、一度だけ対面で皆さまにご挨拶したら、それにてやりきったとしてサイトを閉じる筈、だったんだよね。
けど急にコスプレしたくなって、ざっと250時間くらい服に費やしたと思うよ。
そうするとデスペナとか書けるワケ無いし、サイト内連載の完結なんて出来る筈も無い。
それが予定狂いの最初のワンステップだった。
その後のイベントでデスペナの続編は出せたが、何でそれまでに続き物を完結させとく事が出来なかったんだかね。また引退できなかったよね。
今やっと全ての要素をクリアするってのはなかなか遅いね。
そういう心拍数の少ないサイトだったけど十年以上やってたからね。一応人生の大きな部分とは言えそうだよね。僕にとっては実り多かったしね。やっぱ本気だったからね。
今って2014年だよね。
思えば二次創作世界から引退するって決めたのは2008年だったんだよね。
特攻Aに出よう、と。そう決心したのは引退を見据えての事だったんだよね。
そこでデスペナの続編を出して、一度だけ対面で皆さまにご挨拶したら、それにてやりきったとしてサイトを閉じる筈、だったんだよね。
けど急にコスプレしたくなって、ざっと250時間くらい服に費やしたと思うよ。
そうするとデスペナとか書けるワケ無いし、サイト内連載の完結なんて出来る筈も無い。
それが予定狂いの最初のワンステップだった。
その後のイベントでデスペナの続編は出せたが、何でそれまでに続き物を完結させとく事が出来なかったんだかね。また引退できなかったよね。
今やっと全ての要素をクリアするってのはなかなか遅いね。
そういう心拍数の少ないサイトだったけど十年以上やってたからね。一応人生の大きな部分とは言えそうだよね。僕にとっては実り多かったしね。やっぱ本気だったからね。