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ココは元S-Silence管理人の日記とかエッセイモドキとかが徒然とごにょごにょしている空間です
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 自分より背の高いサトウキビの畑は、距離の感覚を狂わせた。もうどれほど分け入ってきたのか。朝から居るが今は日が高い。暑い。
 地面から昇ってくる湿度が土臭くて咽せそうだ。場違いなワイシャツが汗で首筋に絡みつく。
 作物を掻き分けて進み、見上げると、がさついた緑の単子葉が重なって思わせぶりに空を透かしている。くらりとする。足が重い。
 期待した通り、たった一人で行き倒れられそうだ。
 彼がここに来る切っ掛けはつい昨日。夏の過酷さとは切り離された快適なオフィスでのこと。新製品です、と差し出された菓子箱の中にあった小さなパンフレット。
 完全有機栽培のサトウキビから作られる自然な甘味。そんなキャッチコピーは読みもせず、大規模農場を見下ろす航空写真に心引かれた。一面の黄緑色。
 死ぬなら都会の香りが微塵もしない場所でと常々思っていたのだ。
 うだる。このまま脱水症状で逝けるかもしれない。歩くのをやめて寝転がる。深呼吸すると、地面付近に溜まった有機物の匂いを濃く感じて嘔吐きそうになる。黄緑の底から青空の欠片を見上げる。
「何してるんかい」
 突然の老人の声に肩が跳ねた。このだだっ広さで人に会うとはまさかだ。身を起こす。
「貴方こそ何を」
「バッタとか取っとるね」
「はあ。そうですか」
 長いどた靴も、泥の汚れも、見るからに貧しい農家のおばあさんだ。彼女は勝手に隣へ腰掛けてきた。じっと覗き込まれる。
「あんたねえ、覚悟を決めた顔をしとる人は、死に神も避けるよ」
 動揺が先走り、何の話ですか? と白を切る勇気が出なかった。
「なぜ、分かります」
「あたしはもうそういう領域に入ったんさ」
 人生経験が深く刻まれた皺だらけの顔に頷かれ、見透かされた不快よりも、ほっとした。所詮は見知らぬ関係だ。
「仕事がつらくて。しかし辞められる立ち場でもないので、それで」
「そら困ったな。ふーむ、困ったあ……」
 まるで自分の悩みの様に老婆はうーんと唸り込んだ。
「困りますか?」
「だってあんた、生きる死ぬゆうのはそうそう気ぃ変わらんもんだろし」
 その通りだ。下手な慰めを言わぬのはなるほど、年の功か。
 貴重な聞き手を得て、肩の力が抜けた。
「我が社は『人生を幸せにするお菓子を』とかいうスローガンのメーカーで……笑えますよね。私すっかり菓子嫌いになりました。ついでに人生も」
 老婆は、はっはっと高らかに笑った。
「菓子ねえ、この辺に生えとるのは全部材料みたいだけど? ま、こんな上等なもの口にしたことはないね。あたしらのお菓子はみんな大体これだったわ」
 取り出されたビンには、カサカサと乾いた音を立てるバッタが十匹くらい入っていた。
 しわしわの老婆は、少し昔の事を語り始めた。この一帯は村人にとっては先祖伝来の農地で、自身も何十年も命を注ぐように丹精込めて世話をしてきたと。各々の村人が多様な作物を作り、助け合って暮らしていたと。
「でもなあ、みんなやっぱり、お金詰まれたら土地売ってしまったんよなあ。あたしは死んでもここ離れられんから、今はひとりぼっちよ」
「寂しいですね」
「そうねえ。だからこれは思い出の味なのよねえ。ほら、一個あげよう」
 バッタは黒ずんで軽かった。
「いえあの……」
「揚げたらカリカリで美味しいし、栄養あるし。エエおやつよ」
 老婆が躊躇なく一匹を口に放り込むので、やむなく食べてみる。香ばしく、えびせんに近いが。
 全く旨い物ではない。
 彼女らはどういう気持ちでこれを常食したろうか。これを食べようと思えるほど自分は死ぬ気で働いていたろうか。
 帰ろう。
 立ち上がって礼を言う。
「いい顔んなったねえ」
「おかげさまで」
 憑き物が落ちた心地がする。死に損ねたようだ。
「……命を差し出すと言っていたのに、なぜ避けるんでしょうね死に神は」
 老婆は吹き出しだ。
「そらあんた、面白く無いからさあ。そんな捨てられるゴミのようなもん」
 スマートフォンの電源を入れてGPS機能をONにするだけで、程なくヘリコプターの羽音が聞こえた。近くに着陸する気配。やってくる複数の足音。
「ご無事でしたか社長」
「盛大に迷ったよ。すまないね。とんだ視察になって」
 農道まで案内され、そこからはヘリで、あっという間にサトウキビ畑の上空だ。
 密閉された窓からは眼下に、写真と同じ一面の黄緑が見えた。
「ここ、随分と農地集積したんだね」
「あ、ええそうですね。元は持ち主がバラバラで」
 社長はふと振り返った。老婆は死んでもこの土地を離れないと言ったが、確かにこの農場は現在、すべて我社の敷地である。
「君、聞きたいんだが、ここの農地買収は……」
 その時、ヘリの内部にゴウン! と重い轟音が走った。
 何だ!? と搭乗者全員がコックピットを振り返ったが、残念ながらパイロットは操縦桿を握って青ざめるだけだったのである。
 老婆はサトウキビの隙間から、空を、ヘリコプターの黒煙を眺めている。
「復讐ってのは面倒なもんだな。なにせ、生きたい奴でなきゃ殺す意味がない」




  (以上、1997文字)

課題内容:「匂いで空間を表現」「失笑」「スイーツ」「上限2000文字」





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